文:ロンロ・ボナペティ(ライター・編集者)
2026年2月16日(月)、下北沢のボーナストラックにある本屋B&Bにて、創造系不動産の高橋寿太郎と建築家・藤村龍至氏によるトークイベントが行われた。イベントは前年の12月に高橋が上梓した書籍、『設計者のための建築不動産コンサルティングのはじめかた』(学芸出版社)の刊行を記念して行われたものだ。
高橋は創造系不動産を設立して以来15年にわたり、近いようで行動原理の異なる建築と不動産のあいだにあるギャップが建築主の不利益を生んでいるとして、ギャップを埋めるべく建築家と協業する不動産のプロとして活動してきた。
その経験を方法論化した著書をこれまで5年おきに刊行してきた高橋だが、新型コロナウイルスのパンデミックや世界情勢の悪化を背景とした建築・不動産業界の激変により、本書の執筆を大幅に前倒ししたという。急速に不安定化が進む設計事務所の経営環境に対し、ビジネスモデルそのものを見直し、厳しい環境を生き抜いていくための処方箋として執筆されたのが、『設計者のための建築不動産コンサルティングのはじめかた』なのだ。
会の冒頭、高橋は対談相手として藤村氏を指名した理由について、「本を書くことは頭を整理することだと言われますが、書けば書くほど混乱する部分もありました。今日は藤村さんに、そのあたりを整理していただきたいと思っています」と語った。理論派として知られる藤村氏に、書籍の内容を改めて整理してほしいという期待は、藤村氏のトーク部分で思わぬ方向で裏切られることとなる。

藤村龍至氏(左)と高橋寿太郎(右)
目次
建築家がフォローするべき、設計の前段階
イベントは前半で高橋、藤村氏双方のプレゼンテーション、後半で対談というかたちで進められた。
高橋のパートでは、書籍が前提としている、建築設計事務所をとりまく経営環境について触れられた。インフレーション、金利の上昇、建築事業から得られる利回りの低下、新築着工数の減少、新中間層による住宅建設の減少。建築を生業とする人であれば個別のプロジェクトを通じて日々直面しているであろうこれらの変化を、少し俯瞰した視点から整理して見せる。創業以来481名の建築家と710件以上のプロジェクトに携わってきた経験が、分析に説得力を与えている。
続いてこの激変期を乗り越えるために設計事務所にどのような変革が必要になるのか、10のキーワードが提示された。これまでのように個人住宅で作品をつくり、公共建築へという定式化された建築家のステップアップの道はもはやない。住宅から事業へと目を向け、事業にコミットする姿勢が求められていると説く。高橋が以前から用いている企画から運営までのフロー、[Vision/Finance/Real estate/Design/Construction/Management]が示され、事業系建築においては設計の前段階にあたるVFRのフェーズについても建築家がフォローしていく必要性が説明された。また建築と不動産のあいだにある、具体的な仕事の中身も紹介された。こうした”あいだ”の仕事は、時に見落とされ、あるいは責任の所在が曖昧になったりといったリスクを孕むものだ。そのリスクを建築主が背負うことのないよう目配りができる「建築不動産コンサルタント」が必要になる、というのが本書の主張だ。確立された職業でもなければ制度化された資格もないこの新しい職能を定義し、求められる資質や能力、具体的な業務内容を明文化し、高橋が携わった実践事例を元に方法論化した書籍が『設計者のための建築不動産コンサルティングのはじめかた』である。

こうしてまとめると、建築家が本来担うDCMのフローに加えて、VFRの知見も必要になるというのはあまりにも難易度が高いように思われる。本書を読んでそのように感じる読者も多いだろうが、建築家が選び得るオプションとして、こうした専門性をもったプロ集団と協働してプロジェクトに当たる道も示されている。
まちの魅力を高めていく、4層構造の再構築
一方の藤村氏は、「建築・不動産とコンサルティングのあいだで」と題し、自身が主宰する設計事務所RFA(Ryuji Fujimura Architects)の歩みを紹介した(RFAの頭文字は、Research for Architectureにもかかっているという)。RFAでは、建築設計(R F Architecture)だけでなく、施設運営(R F Building management)やまちづくり・コンサルティング(R F Consulting)の仕事も請け負っているという。このバランスについて、特に近年ではRFCの比率が高まっており、直近では63.7%もの割合に達しているという。高橋の図式に置き換えると、RFC=VFR/RFA=DC/RFB=Mとなり、まさしく設計の前段階であるVFRに重点が置かれているかたちだ。
高橋が提起する建築不動産コンサルティングの視座をいち早く備えて活動していることが示唆された後、神戸市のポートアイランドや大宮市でのまちづくりの取り組みが紹介された。

ここで示されたのが、コミュニティの4層構造を分析した図式だ。地域の不動産がどのような主体によって使われるのか、その構造を第1層=オーナー(所有)/第2層=住民組織(合意)/第3層=コンテンツ・プラットフォーム(企画)/第4層=コンテンツ(使用)の4層に腑分けし、土地が有効に活用されるための条件を分析したものだ。藤村氏によれば、かつては所有=地主/合意=町会/企画=商店街/使用=店と組織化されていたものが、現在はそれぞれの役割を担う主体が変化してきているという。地域によってどの階層にプレイヤーが充実しているかや、階層間の連携に偏りがあるなど個別の課題を抱えており、アプローチすべきポイントも異なる。まちの魅力を高めるためにはその地域が4層構造のどこに課題を抱えているのかを見極めたうえで対策を講じることが重要という指摘は、建築主の奥に地域社会や市民を見据えるソーシャルアーキテクトならではの視点といえる。

こうした分析を前提として、各層にどのようなプレイヤーが存在しどのような関係性を構築しているのかをマッピングしたTOKOROZAWA DESIGN WALKの事例や、神戸市のポートアイランドで描かれるビジョンは、藤村氏の新章幕開けを期待させるプレゼンテーションとなった。その経験をまとめた書籍『ストリートストラテジー~街路からまちを動かす~(仮)』の執筆も進んでいるという。
ビジネスモデルの更新を迫る、発注形式の不安定化
対談パートでは、高橋が本書を執筆中に抱えていたある問いが藤村氏に投げかけられた。執筆の前提知識となっていた、建築企画に関わる先人たちの蓄積を振り返り高橋が感じていたという疑問だ。45年前に出された『新建築学体系22 建築企画』(1982)においてすでに、「建築家の任務は、建築主の立てた企画を実現するための設計を引き受けること」という考え方が否定されている。高橋が今回の書籍で示した考え方を先取りするものだ。それ以降も『建築プロデュース学入門』(2012)や『プレ・デザインの思想』(2013)など設計の前段階の重要性を論じる書籍はたびたび刊行されてきた。これらの書籍を踏まえると、建築企画という分野はこの45年間、ほとんど発展していないのではないかというのが高橋の問いだ。
これに対し藤村氏は、柄谷行人が指摘した構造的「反復」の概念を引き、設計の前段階に注目が集まる周期があるのではないかと応答した。そのサイクルは、「発注の形式が不安定」になるタイミングなのだという。発注の形式が安定している時期は、建築家は面積表にしたがって作品を量産していくことができる。しかしながら社会の変化によって発注者が既存の方法を踏襲するだけでは対応しきれなくなったとき、これまでにない新たな方法が模索され、設計の前段階に注目が集まる。
2008年に起こったリーマンショックや、人口減少社会への突入、そして東日本大震災などの影響を受け、山崎亮によるコミュニティデザインや、リノベーションスクールといった取り組みが注目を集めた。『建築プロデュース学入門』や『プレ・デザインの思想』も同時期の刊行だ。反対に『建築企画』が著された1982年はローマクラブが発表したレポート、「成長の限界」(1972)に代表される、拡大社会の行き詰まりが議論されていた時期にあたる。どちらも社会全体の変革期において、発注の形式が不安定化した時期という点では共通している。現在も極めて不安定な時期といえるが、いずれの時期においてもその不安定さを引き起こしている要因は異なり、必要な処方箋も変わってくる。高橋の危惧するように建築企画が発展していないのではなく、安定期に作品づくりに取り組んでいた建築家に対し、不安定気に突入したタイミングでその都度方法論が更新されてきたということなのだろう。現在の不安定な状況に身を置く若い世代に向けて、藤村氏はいずれ作品づくりに集中できる安定期は到来するだろうし、変化の曲面には視野を広げていく、そのようにしてポジティブに状況を捉えることもできるのではと提案する。

異端から批評へ。両者の重なりから見えた、不安定期に求められる実践者の態度
高橋は自らを、建築業界における異端な存在として自認してきたと話す。同時に藤村氏に対しても、ほかの建築家が手を出さない領域に目を向ける姿勢に異端者としての共通点を見出してきたという。藤村氏は、建築家としての軌跡を振り返り、その間さまざまな方法論が注目されてきたが、共感しつつもそのどれからも距離を置いてきたという。そうした建築家としての態度を、資本主義にコミットしながら資本主義を批判してきたレム・コールハースに重ね、自身が標榜する批判的工学主義の立場を説明する。技術や工学に対して一方でコミットしつつ、一方で批判的に距離を取る批判的工学主義者としてのあり方は、建築と不動産のあいだを追究する高橋の「批評的ポジション」と重なる部分を感じるという。
建築と不動産、それぞれの立場から「あいだ」にアプローチする両者の重なり合いから見えてきたのは、不安定期における批評的視点の重要性、そして職能としての「建築不動産コンサルティング」の有効性だったのではないだろうか。
