2025年11月に発売された『設計者のための建築不動産コンサルティングのはじめかた』(学芸出版社)には、創造系不動産が参加した、建築家によるプロジェクト事例が多数紹介されています。具体的にどのような課題やビジョンがあり、プロジェクトメンバーたちがどうやってそれらを乗りこえ、実現させていったかが掲載されています。

その中でも、3章ケーススタディ4には「答えのない企画中のプロジェクト3題」と称して、書籍の執筆中にはまだ企画中だったプロジェクトが紹介されています。実際にその企画は、どうなったのか? 後日談を、ここで紹介します

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『上原坂道のマンション』
ULTRA STUDIO(2026年4月23日更新)

ロードマップの策定?
ペルソナの深掘り?
視察ツアー?
金融機関との調整?
企画から設計に進もうとする瞬間、どんなことにエネルギーを注ぐべきでしょうか?
(『設計者のための建築不動産コンサルティングのはじめかた(以下、本書)』P259)

ウルトラスタジオにより、2024年に企画・設計を完了し、2025年の執筆当時は施工が進行していた代々木上原プロジェクトは、竣工と同時に『上原坂道のマンション』と命名され、何と「新建築」2026年2月号の表紙を飾ることになりました。

上原坂道のマンション

その数か月前、若手建築コレクティブ・ウルトラスタジオの建築を確認するため、第一線の建築家が数百名、寒空の中の現地オープンハウスに集まりました。企画により生まれた、答えとしての建築物を、多くの人々が目撃することになりました。
外観に突き抜ける円筒のらせん階段、外部から内部に貫入するレリーフ状の装飾、そして室内に多用されている段差。様々な建築ヴォキャブラリーが、その存在自体を訴えかけてくるようです。

建築としての批評は、ぜひ「新建築」2026年2月号と、また次号の「月評」をご覧いただきたいと思います。ここでは、設計の前段階の「企画フェーズ」での試行錯誤が、結局、どう建築物に結実されていったのかを、ただ解説したいと思います。

まず冒頭の問いに答えましょう。
ロードマップの策定。ペルソナの深掘り。視察ツアー。金融機関との調整。ウルトラスタジオと創造系不動産は、もちろん、それらのすべてのアクションを、同時並行で行いました。
しかしコロナ禍が終わり、外国人が戻る気配と、工事費や賃料のインフレの足音が聞こえてくる中で、色々なアクションを小出しにして、慎重になりすぎていたかもしれません。

本書には、様々な「問い」が多発していました。

・擁壁を抱えた斜面地の地形をどう生かすのか?
・入居者ターゲットはファミリーで本当に正しいのか?
・クリエイティブ層をペルソナに置いたときの建築的アプローチは?
・中長期的に収益を最大化させる建築的な施策は?
・共有部分を充実させるべきか、最小にするべきか?
・このエリアにふさわしい外観の表現は?
・このプロジェクトにふさわしいリーシングの方法は?

各フェーズの問いが混沌としていますが、それに対してウルトラスタジオは「段差」というアイディアを創発的に提示した、と話しました。
新建築2月号で、ウルトラスタジオは以下のように話しています。

「既存の敷地に複数の高低差があったことから、それを活かしつつ地形に沿って複数のスラブレベルを設定した。それにより土地の掘削量を減らしつつ、制限の中で最大限の階高を生み出すことができる。(中略)こうして生じたスラブ段差は、構造的には梁として機能し、空間的には地形の拡張として現れる。(後略)」

私は、室内に生じるこの多数の「段差」が、諸課題を因果関係でつなげて行きつつ、同時に解決させていくような、不動産的な装置としても機能していると考えました。逆に不動産では、建築的な工夫が仇となることもありますから(例えば「段差は使いづらく借り手がつかない」など)、そこは慎重に考えました。

(2026年5月下旬・不動産リーシングについて、更新予定)

 

『三岸アトリエ』
樋口智久(建築承継研究所)(2026年6月30日更新)

コーナーウインドウを復活させるか? 現状の増築部分を遺すか?
『設計者のための建築不動産コンサルティングのはじめかた』P268)

三岸アトリエはバウハウスの流れをくむ木造二階建ての近代建築です。1934年に山脇巌によって洋画家・三岸好太郎と三岸節子夫妻のために建てられ、創建以来90年にわたって地域の人々に親しまれてきました。
創建当時の特徴的意匠は、木造モダニズムの象徴ともいえるコーナーウィンドウ。ただし、このコーナーウィンドウは、後の増築工事により失われます。代わりに設えられたのは、妻三岸節子による、フランスの田舎を思わせる応接室と中庭でした。地域の人々が愛着を寄せているのは、当初の意匠ではなく、こうした時間の積み重ねを宿した、現在の空間そのものです。

コーナーウィンドウを復活させるか? 現状の増築部分を遺すか?

本書の執筆中、私たちはこの二択の前で、長く立ち止まっていました。1934年に山脇巌が設計した、木造モダニズムの象徴ともいえるコーナーウィンドウを蘇らせるのか。それとも、画家・三岸節子が愛し、1950年代後半の応接室の増築とともに受け継がれてきた「現在の姿」を、そのまま維持していくのか。外観も、再生コストも、活用方法も、そして事業主が社会へ送るメッセージも、その一点で大きく変わります。そう書いたまま、原稿は校了を迎えました。

『設計者のための建築不動産コンサルティングのはじめかた』P263)

2025年10月28日、事業主である株式会社キーマンは、東京文化財ウィークにあわせて、三岸家住宅アトリエの大規模改修プランを発表しました。

事業主である株式会社キーマン、建築家の建築継承研究所・樋口智久さん、そして不動産コンサルタントの創造系不動産株式会社。立場の異なる三者で協議を重ねた末、私たちが選んだのは「コーナーウィンドウの復活」でした。
ただし、これは過去への復元ではありません。

プレスリリースの場で、高橋寿太郎は関係者各位にこう言いました。
「過去に戻すのではなく、未来へ活かすための改修です」と。

創建当時の詳細な資料はほとんど残っておらず、当初の仕様をそのまま再現すれば、構造を兼ねた細い木方立の強度不足や、長年の雨漏りといった、かつての弱点まで繰り返しかねません。だからこそ、当時の意匠を手がかりにしつつ、現代の技術を以って「新しいコーナーウィンドウ」として組み直す。本改修では、そうした失われた価値を“現代のかたち”でどのように再構築するか、「文化財的価値」と「社会的価値」を共に高め、“活きる文化財”として、どのように次世代へ引き継ぐかが重要なテーマとなりました。

一方で、撤去せざるを得ない応接室を、なかったことにはしませんでした。内装や建具、照明器具は隣接する集合住宅「カーサビアンカ」の一階へ移設して保存し、痕跡を残す。三岸節子が過ごした時間もまた、別のかたちで引き継ぐ予定です。

何を選んでも、批判はあり得ますし、説明も求められます。それでも、この検討・判断・活用のプロセスこそが、三岸アトリエの文化的重要性を未来へつなぐことになると信じています。

改修は、今まさに始まったところです。けれど、やはり一筋縄ではいきません。これまでの歴史の積み重ねを残しながら手を入れる工事は、ただ壊して新しく差し替える改修より、ずっと難しい。補強のために解体すると決めた箇所も、いざ進めてみると想定外が次々に顔を出します。そのたびにコストはふくらみ、さらに今の社会情勢による値上がりが二重に重なってくる。乗りこえるべき課題は、まだ沢山あります。それでも私たちは、一歩ずつ、未来に向かって進んでいます。

『船堀プロジェクト』
今野広大再生建築設計(2026年4月6日更新)

どのようなイベントにしますか?あるいは余計なことはせず、もっと気にすべきことがあるでしょうか?


説明

(2026年5月下旬・更新予定)