ある夫婦が、明るい光が入る家をつくりたいと希望しています。さて選ぶべき土地は、右か、左か?

このクイズは、創造系不動産のレクチャーでは定番ですが、「建築と不動産のあいだ」を具体的に説明するためのケーススタディです。書籍『建築と不動産のあいだ』に詳しく掲載されていますが、その一部を抜粋して説明します。建て主の土地探しの現場では、いったいどういうことが起きているのでしょうか。建築と不動産のあいだの壁とは、どのように影響するのでしょうか。

 

いつものように、建築家から都市探しのご相談を頂きました。建築家自身の自邸です。彼と奥さん、そして3人の子供のための自宅をつくるための土地を買いたい。しかし予算に不安があるため、世田谷の職場から1時間以上離れた郊外を視野に、土地探しを考えていました。夫婦は自分たちのビジョン(V)とファイナンス(F)の考え方について繰り返し検討していたころ、なんと職場からほど近い、調布の土地に巡り合ったのでした。

 

 

それは図のような土地です。駅から徒歩7分。約18坪(約60㎡)の2区画。おそらく、もともと大きめの住宅が建っていたと思います。今は更地になり、2区画に分譲、販売されています。土地を見に行った当日、天気は良かったのですが、たまたま数日前に降った雪が溶けずに残っていました。方角的に、また周囲の建物のせいで右の土地は左の土地に比べ暗く、ジメジメしていて、おまけにその雪。しかし100万円安い。左の土地は明るく、地表もカラッと乾いていますが、100万円高い。建蔽率は60%、容積率は160%です。第二種高度地区という地域にあるため、北側から建物高さが制限され、屋根が斜めに切り取られることになるでしょう。

 

「不動産屋さん、この100万円の価格差は妥当なんでしょうか」と、普通は質問が飛んできそうです。明るい家を建てたい。だから左の土地が欲しい。でも予算は限られている。建て主が慎重になるのは当然です。わずか100万円の差であれば、明るい土地を選んだ方が良い、と答える人もいるでしょう。少しでも節約するために、右の土地を選び、明るい土地をつくる工夫をしよう、それも間違いではないでしょう。そんな会話が、土地探しの現場では、日常的に起きているのではないでしょうか。

 

しかし今回の建て主は建築家本人であり、土地を案内するのは創造系不動産です。さて土地を選ぶこの瞬間、実は「建築と不動産のあいだ」の落とし穴があります。さあ、右か、左か?

 

「そもそも右の土地の方が、明るい住宅が建つと思います。」

 

図は建物を垂直方向に輪切りにした「断面図」と言います。これを見れば一目瞭然でしょう。おそらくこの規模の土地であれば、高さや斜線制限めいいっぱいの大きさの住宅が建つことになるでしょう。するとこのような家が2つ並ぶと考えられます。

またAとBは、近接することが推測できます。民法では、境界線から外壁までの距離を50cm(つまり2棟間は100cm)離す定めがあるのですが、本ケースステディでは、売主はおそらく、土地を買い取り分割して再販売する不動産会社であることが実は容易に推測でき、するとAB間は双方近接して建築してよいという条件付きの売買契約になることもまた、想定できるからです。

さらに高度斜線により、ともに屋根が斜めに切られることも、建築士であれば現地である程度正確にイメージできます。すると図の通り、Bの方が「明るく」なります。図で見ると簡単ですが、実際は上で述べたように「Aが明るい」と勘違いして選択する建て主は少なくないでしょう。これには3つの「錯覚」があります。

 

1:光に照らされた地表を見てしまうことによる錯覚。これから計画する家の室内が明るいことと、建てる前の地表が明るいことは、基本的に無関係です。

2:逆に、暗くジメジメした地表を見てしまうことによる錯覚。

3:そして価格による錯覚。やはり現地で目を惹くのはAの土地です。逆に言うとBの土地は比較的不人気になるかもしれません。そのためBを少し安くし、販売価格に意図的な差を設けます。これは売主サイドにとっては、妥当な判断だと思います。つまり価値と価格は一致しないのが普通なのです。

 

この3点が現地で揃えば、不動産仲介人は「明るいから」という理由Aをお勧めし、建て主はでAを選択する。これは不思議ではありません。しかし建て主は、明るい土地ではなく、明るい住宅が欲しいのではなかったでしょうか。このケーススタディでは、建て主本人が建築家でしたが、建築家は平面的な土地を、垂直的な思考で選択することができたのです。だから、オンリーワンの住宅を作ろうとしている建て主は、土地探しは建築家と行うべきなのです。

 

(『建築と不動産のあいだ』(学芸出版社・2015年)3章「建築的・不動産思考の実践」より、一部抜粋、加筆修正)