創造系不動産が10年取り組んできた「不動産コンサルティング」という分野では、建築設計事務所が牽引する中小規模の事業案件(賃貸集合住宅、小規模オフィスビル、テナントビル、一棟リノベーション、賃貸併用住宅等)において、建築家のデザインによる差別化の力によって、その事業性(収益力や節税対策、資金調達力等)を補完することが可能であることが十分に分かりました。
さらに、この分野での建築設計事務所の競合とは、相続税対策を第一に置くハウスメーカーやビルダーであることがほとんどですが、彼らの特性とは、地域市場で平均以上の見た目の建築を作ることと、金融機関からの資金調達能力であることも分かりました。しかし営業資料として、彼らから建て主に提出される収支計算書(不動産キャッシュフロー)は、残念ながら解像度が低く、またそのつくられる建築と戦略的に整合していないことも多いようです。建築デザインと事業性の両面から、計画を理解したほとんどすべての建て主が、結果として設計事務所の提案を支持することになったのは、この分野での建築設計事務所の可能性を示したと思います。
例えば集合住宅の場合、一般論として万人受けする与条件や、インテリアのトーンは、高額を投資する建て主にとっては安心感があるかもしれません。また住戸面積が小さい方が賃料単価が上昇するとか、レンタブル比が高いほうが借入しやすいとか、そうした経済原理をもっともらしく掲げたアプローチは、結局のところ短期的な成果に過ぎず、建築とは数十年、またはそれ以上の中長期的な価値を目指さなければならない、という当たり前の姿勢に帰結します。
その時、集合住宅に住まう人々の実態を、設計中に解像度を高めて知ろうとする必要が生じます。その様子について、建築雑誌に寄稿したテキストがあります。参考になると思いますので、ぜひご覧ください。
『脱ターゲット、脱ペルソナ』 高橋寿太郎 (新建築2023年2月号)
創造系不動産は、設計事務所の建築プロジェクトを補助する立ち位置で、事業企画や収支計算、建設資金調達のための金融機関との折衝、竣工後のリーシング等を担当している。
日々、地域の不動産取引を見ている近隣の不動産仲介会社であっても、入居者ターゲット像はバラついているのだが、それでも最大公約数的な共通見解はある。実は意外にも、その共通見解こそ、全力で避けなければならない選択肢なのだ。事業の中長期的な成功とは、そのエリアの標準型の物件と差別化することで得られるからに他ならない。
だがこの「皆が言うターゲット像」から逃れるのは、心理的に難しい。武田清明建築設計事務所が設計した『蒲田の集合住宅』の場合、商店街はファミリー層に好まれない・・・空港需要でワンルームが利回りが高くベスト・・・実際に周辺はワンルームマンションがあちこちで建設中・・・。もっともらしく聞こえるが、何かがおかしい。そんな状況は長く続かない、と仮説を立てる(まさか新型コロナウイルスの蔓延により空港需要が激減し、2023年現在も、この地域にはワンルーム余りが起こると頭をよぎることすらなかったが)。マーケット調査の結果、やはり低層階はテナント、3階以上は住居が最適用途だった。ただし周辺の仲介会社が口をそろえて言う「空港需要に合わせたワンルーム」は採用せず、単身者のみならず、DINKSやファミリーにも対応可能な少し広めのバリエーションを用意し、住まい手に多様性が生まれることを意図した。
企画時には、オーナーと建築家と近隣の賃貸物件を見て回るのが、創造系不動産スタイルである。しかもできるだけ標準的な賃貸物件を。オーナーと建築家は慎重に観察した。それらから距離を取るために。リーシング段階では、皆が言う「ターゲット」なんて結局はやって来ない。より個別の人格(ペルソナ)を設定するマーケティング法もあるが、そんな人も来ない。そもそもこうした上から目線の現代マーケティングの発想がよくない。住宅が住宅単体では成り立たないような、なにか足りない状態で、出会う移住者が使い方や暮らし方を発見していくような補完関係にあるのが望ましい。
ちなみに法規的には5~6階建ても可能だったが、大きければよいというディベロッパー的思考はもはやベストではない。高賃料を担保に2階建てが賃料効率では最大だが、住宅部面積を過半すると固定資産税が軽減されるため、収益的には4階が最もよい計算結果となった。
すべての建築事業の目的や動機は収益性と相続対策であり、企画段階でこれらを解くのだが、私たちにとって同時に大切なことは、それらと設計者と共に考えることである。武田氏が考案した、狭小な敷地にも関わらずゆとりのある平面、少し高い天井高、立体的な構成は、このプロセス上で創発的に生まれたものである。
新建築 2023年2月号
https://japan-architect.co.jp/shop/shinkenchiku/sk-202302/
ケーススタディ69 『蒲田の集合住宅』設計監理:武田清明建築設計事務所
https://www.souzou-kei.com/estate/casestudy/cs69/